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ミャンマー市場に見る スマホが変える新興国の未来

2017.07.22

アジアを中心に世界のモバイル事情をウォッチしている携帯電話研究家・ライターの山根康宏氏に、モバイルとICTを取り巻く日本と世界の現状と動向、そしてさらにその先について解説していただくこのコーナー。今号は、新興国・途上国のスマホ市場の現在を、ミャンマーの例を中心に紹介します。

伸びが続くスマホ出荷数 新興国・途上国が急成長

いまも出荷台数の伸びが続くスマートフォン。中でも新興国や途上国ではフィーチャーフォンからの乗り換え需要もあり成長は著しい。ガートナーの報告によると2015年第3四半期の全世界のスマートフォン出荷台数は3億5,284万台で、前年同期比115%となったが、内訳を見ると途上国の台数が2億5,970万台と、全体の7割強を占めている。先進国でのスマートフォン需要が一巡したいま、市場を牽引しているのは新興国や途上国なのだ。

これらの国々では地場メーカーの数も増えている。インドネシアでは低価格を武器にアリエス(Aries)、スマートフレン(Smartfren)、アドバン・デジタル(AdvanDigital)などの地元メーカーが急激にシェアを伸ばしており、ショッピングモールに大規模店舗を出店するなどその動きは海外大手メーカーにも並ぶほどだ。また同国で携帯電話販売チェーン店を展開するエラジャヤ(Erajaya)は自社ブランドのスマートフォンの製造を開始。インドネシアでは携帯電話メーカーに国内生産率40%以上を義務付けており、部品メーカーの進出も進んでいる。その国策に乗じて販売店が端末メーカー化する動きは今後他国にも広がっていくかもしれない。

フィリピンでも地場メーカーが現地の消費者の嗜好に合った製品を多数展開することでシェアを拡大中だ。IDCの調査によると2014年通年のフィリピンのスマートフォン出荷台数のシェア1位はチェリー・モバイル(Cherry Mobile)、3位はマイフォン(MyPhone)、5位はトルク(Torque)と、地場メーカー製品がサムスンやレノボと互角の競争を行っている。

もちろん大手メーカーも、ハイエンド製品だけでなくミッドレンジやエントリーモデルのラインナップを強化し、これら地場メーカーに対抗している。サムスンは2015年中に製品ラインナップの統廃合を完了し、製品の性能と製品名をわかりやすくした。またファーウェイはオンライン販売に特化しコストパフォーマンスを高めた『honor』シリーズを積極的に新興国・途上国にも展開。ガートナーによると2015年第3四半期のファーウェイのスマートフォン出荷台数は前年同期比171%と、他社を引き離している。同社は日本でも積極的にSIMフリースマートフォンの展開を行っているが、先進国から途上国まであらゆる市場をカバーできる製品を備えているのが強さの秘密だろう。

フィリピンで出荷数1位となったチェリー・モバイル

急成長中のミャンマー市場

途上国の中でもいま世界中が注目しているのがミャンマーだ。長らく軍政が続いたこともあり市場が閉じられていたミャンマーは、アジア各国で携帯電話の普及率が高まる中、唯一時代に取り残されていた。ネットワーク設備は古いままで基地局の数も少なく、携帯電話利用者を増やそうにも国営の通信事業者MPT(MyanmaPosts and Telecommunications:ミャンマー国営郵便・電気通信事業体)はSIMカードの発行枚数を増やすことができなかった。海外からの渡航者もSIMはレンタルでしか利用できず、その費用はべらぼうに高かったのだ。近隣各国では数百円でプリペイドSIMを買うことができ、高速なデータ通信環境を手軽に入手できたのに対し、ミャンマーだけは東南アジアの中にぽっかりと空いた携帯電話不毛の地だったのである。

そのミャンマーで2014年から外資参入の道が開かれ、中東のウーレドゥー(Ooredoo)、北欧のテレノール(Telenor)が相次いで携帯電話事業に参入した。またMPTも日本のKDDIと住友商事の合弁会社KSGS(KDDI SUMMIT GLOBALSINGAPORE)と提携。海外からの資本が投入された結果、ヤンゴンやマンダレーなどの大都市では3Gネットワークが拡充し、ストレスなくスマートフォンを使うことができるようになった。いまやヤンゴン市内ではタクシーの運転手から露店の新聞売りの店員、果てはマーケットで肉や野菜を売る年配者たちまで、誰もがスマートフォンを使っている。他国から見れば当たり前だろうが、わずかこの1年ちょっとで広がった光景なのだ。

プリペイドSIMの販売も、いまでは道端の露店や屋台でも自由に購入できるようになった。ミャンマー政府は2015年11月から悪用防止のためSIMカード購入時の身分証明登録を各通信事業者に要請しているが、市場ではいつでもどこでも簡単に買えるSIMの需要が高く、しばらくは未登録のSIM販売も自由に続けられるだろう。外国人が通信事業者の直営店でSIMを買う時もパスポート提示を求められないケースがあるなど、通信事業者側も加入者獲得のためにある程度目をつぶっているのが実情だ。

後から参入したウーレドゥーは2Gネットワークを持たず3Gだけでの参入である点も興味深い。もちろんMPTも3Gサービスのアピールを大々的に行っている。初めて使う携帯電話が3Gのスマートフォンというミャンマーの消費者も多いのだ。(編集部注:ミャンマーの通信事情、携帯電話普及率についてはP24~25も参照)

外資参入でイメージチェンジを図るMPT。街中には大きな看板も

ヤンゴン市内は屋台のSIM屋が多い。価格は1枚1500~2500ミャンマーチャット(約150円~250円)

先進国とは大きく異なるミャンマーのスマホ事情

SIMが簡単に手に入るようになったことで、端末の普及も急速に進んだ。大手から新興まで多数のメーカーがミャンマー市場への参入を始めている。そして市場の様相は古くからノキアやサムスンの端末があふれていた他の途上国とは大きく異なっている。

ヤンゴンの繁華街を歩いてみると、ほとんどの人が手にしているのがファーウェイのスマートフォンだ。街中の携帯電話販売店へ行ってみても一番の売れ筋はファーウェイ端末だという。日本円で1万円を切る製品の種類が多いこと、そして市場開放に合わせて多数の製品を一気に投入したことが、同社製品の人気につながっているのだろう。

サムスン製品を取り扱う店ももちろん多いが、ミッドレンジ以上の華やかな製品と比較すると、同社のエントリーモデルはやや地味な印象を受けてしまう。早くから携帯電話が普及している他の国ならばサムスンやアップルへのブランド信仰やあこがれがあるだろう。だが2年前までは携帯電話とは無縁だったミャンマーでは、価格が安く、本体のデザインも悪くなく、そして実用性の高い製品であればメーカーを問わずにベストセラーとなるのである。

ヤンゴンには携帯電話販売店が並ぶエリアがあるが、そこに大きな広告を出しているのはファーウェイやオッポ(OPPO)、ヴィーヴォ(VIVO)といった中国メーカーだ。またミャンマーでは中国のオートバイメーカーとして有名なケンボ(KENBO)も店を構えている。どの店舗も店内は小ぎれいでショーケースには製品が美しく並べられている。端末を買うともらえるギフトが傘や水筒というあたりはミャンマーらしいが、芸能人を使った広告展開を行ったりメーカーロゴ入りの制服をスタッフが着用したりといった市場での展開の様子は、先進国メーカーとまったく変わらない。

中国新興メーカーが市場参入を続ける中、地場メーカーはまだわずかであり、しばらくは市場の成長は海外メーカー頼りという状況になりそうだ。実はミャンマーでは中古端末の輸入が禁止されている。そのためアジアや中国などからの使い古しのスマートフォンの流入は抑えられているのだ。

途上国であっても、ミャンマーは未開の地というわけではない。市場が閉ざされていた結果、発展が遅れていただけなのである。ヤンゴン市内には古いながらもビルが立ち並び、国内各都市は高速バスが行き来し、人の流れを生み出している。中古端末の輸入制限はミャンマー政府が携帯電話市場を成長産業と考え、しっかりとした市場を形成しようとしている姿勢の表れだろう。

とはいえ、ヤンゴン市内では中国からの未認可製造端末、いわゆる山寨機を並べて売る露店もよく見かける。中国ではもやは山寨機を買う消費者はおらず、行き場を失った製品がこうして途上国へ流れてきているのだ。筆者が2015年11月にヤンゴンを訪れた際、店主に価格を聞くとスマートフォンで3万チャット、約3,000円程度だという。だが「これはコピー品だから買わないほうがいい」とにっこりしながら教えてくれた。まだまだ商売っ気がないところがミャンマー人の人の好さを表すエピソードだった。

通信事業者の広告も目立つヤンゴン市内

携帯電話販売店が集まる通りもある

路上販売される中古機は国内使い古し品のためとても古い

ハイエンド端末も売れる新興国や途上国

ヤンゴンの空港ではテレノールがアルカテル(Alcatel)ブランドのTCL製スマートフォンをプリペイドSIMと合わせて約6,000円で販売していた。旅行者に限らずミャンマーの消費者でもなんとか手の届く価格帯だ。他社のスマートフォンを見ても、店舗で一番目立つ位置に展示されているのはやはり日本円で1万円を切るモデル。低価格スマートフォンであっという間に世界シェア上位に食い込んだ中国のシャオミ(Xiaomi)も、価格の割に品質が良いことからミャンマーの若者の間で人気を高めている。

しかし新興国や途上国だからと言って、低価格モデルばかりが売れているわけではない。ヤンゴンではサムスンの店舗でハイエンドモデルを一生懸命物色する若いカップルを見かけたし、日本のソニーも店を構えている。そしてあのアップルもようやく重い腰を上げたのか、2015年11月からミャンマーで正式にiPhoneの販売を開始した。定価は日本円で10万円超と一般のミャンマー人には手が届かないレベルだ。ところがヤンゴン市内には非正規のiPhone取り扱い店があり、シンガポールなどから輸入した製品をミャンマー価格より安く販売している。こうした店は意外にも客で混み合っており、ミャンマーでもiPhoneを欲しがる高所得者が一定層存在していることがわかる。

ファーウェイも2015年6月にフラッグシップモデルとなる『HUAWEI P8』をミャンマーで発売。販売初日に最初の入荷数を完売するほどの人気だった。価格は約5万円と高めだが、性能の良さと高級感あるデザイン、そしてブランド力もあることから、多くの消費者の目を惹きつけたようだ。

ミャンマーに限らず、他の東南アジア諸国でもiPhoneなどハイエンドスマートフォンに対する需要は一定数ある。それでも、先進国のように右も左もハイエンド端末という状況になることはないだろう。所得格差が大きいことから、高所得者向けには先進国と同じ製品が売れ、その層だけをターゲットにしたマーケティングも効果がある。普段エントリーモデルを買っている消費者が自社のハイエンド製品を見て「いつかは欲しい」と思うようになれば、そのメーカーの新興国・途上国でのブランド力は強固なものになるだろう。

ファーウェイの販売店はさまざまな規模でいたるところに

世界の人々の生活をスマホが豊かにしていく

朝起きてから就寝するまで、スマートフォンをひとときも手放すことがない生活が当たり前の時代となっている。スマートフォンはいまや日々の生活にはなくてはならないものだ。それは先進国だけでなく、途上国でも同様になりつつある。

ミャンマーの例をあげると、それまでカメラやポータブルTVを持っていなかった消費者たちが、スマートフォンを持つことでそうした機能を簡単に手に入れることが可能になった。子どもの写真を撮影してそれを遠く離れた年老いた自分の両親に送信したり、街中の屋台の店番中に暇があればビデオを再生して時間をつぶすこともできる。スマートフォンアプリの中では、ライトアプリが人気だという。夜遅く電灯のない暗闇の中でもライトアプリを起動すれば懐中電灯として使えるというわけだ。

また、フィリピンなどではSMSを使った送金も一般的だが、スマートフォン・アプリに置き換われば、よく送金する相手や金額を登録しておきワンタッチで操作もできる。モバイルマネーが使えるようになれば、ボロボロになった小額紙幣を使いまわしたり、商店でお釣りをごまかされたりといった心配もなくなる。NFC(Near Field Communication:近距離無線通信)の普及も必要なことからまだ時間がかかるだろうが、導入が容易なソリューションが登場すれば、スマートフォンを使ったキャッシュレス社会は先進国よりも先に普及が進むかもしれない。事実、中国ではいまや複数のモバイル・ペイメント・サービスが急激に広まっている。

人と人とのコミュニケーションも、SNSの普及で一対一から一対多数へ、また写真やスタンプ、動画を交えたリッチなものへと変わりつつある。自分の感情をより相手にわかりやすく伝えられるようになっただけでなく、商品の情報を取引先に送ったり動画で説明したりなど、ビジネス用途でもSNSは活用できる。しかもPCがなくともスマートフォンがあれば完結できるので、新興国や途上国では音声通話を超える生活必需インフラとしてSNSの利用率が高まっていくだろう。そうなれば、いずれこれらの市場でも個人情報の保護やスマートフォンのセキュリティが重要性を増していくはずだ。

先進国と新興国・途上国ではスマートフォン普及の道のりは異なっている。だが、人々がスマートフォンに求めているものは生活を便利に、豊かにしてくれるツールとしての役割であり、その要求はどの国でも変わらない。これからも続くスマートフォンの進化が、世界中の人々をより幸せにしていく、そんな製品づくりを各メーカーに期待したいものだ。

露店や屋台の売り子も常にスマホで何かをしている

ミャンマーではSNSの利用者も増え、アプリの広告も多く見かける。写真は東南アジアで人気のSNS『BeeTalk』

山根康宏 (やまね やすひろ)

香港を拠点とし、世界各地で携帯端末の収集とモバイル事情を研究する携帯電話研究家・ライター。商社勤務時代、転勤や出張中に海外携帯端末のおもしろさに目覚め、ウェブでの執筆活動を開始。しだいに携帯電話研究が本業となり、2003年にライターとして独立。現在1,200台超の海外携帯端末コレクションを所有する。『週刊アスキー』『ITmedia』『CNET Japan』『ケータイWatch』などに連載多数。